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株式会社はつもみぢ 代表取締役社長・十二代目蔵元|原田 康宏さん

株式会社はつもみぢ 代表取締役社長・十二代目蔵元|原田 康宏さん
01.プロフィール

1969年、周南市生まれ。徳山高校から東京経済大学経営学部に進学し、卒業後、ニッカウヰスキー株式会社に就職。ニッカウヰスキーの創業者であり、「日本のウイスキーの父」と呼ばれる竹鶴政孝氏のパイオニア精神、品質第一主義を学んだ後、実家で1819年創業の初紅葉酒造株式会社(現:株式会社はつもみぢ)に入社。その深い周南愛から、「周南の素材で周南の酒を」と1985年から休止していた酒造りを再開し、定番「原田」を生み出したほか、周南青年会議所理事長や周南観光コンベンション協会会長を務め、長年、積極的に街づくりに携わってきた。現在も十二代目蔵元として多忙な日々を送りながら、徳山商工会議所副会頭、山口県酒造組合需要開発委員長を務める。特技はきき酒で、山口県きき酒競技会で優勝6回、2006年開催の全国きき酒選手権大会で準優勝の成績を誇る。

02.モノとコト

周南市の繁華街に蔵を構える老舗の造り酒屋
周南市の中心市街にある繁華街にある酒蔵「はつもみぢ」は、江戸時代後期、1819年創業の老舗。社名は、酒を飲んでほおがほんのりと赤くなる様子を、色づく紅葉にたとえて詠んだ和歌から取ったかつての定番商品の酒名「初紅葉」に由来します。実はこの酒蔵、1973年頃から日本酒の人気が下がりはじめたこと、そして、バブル景気により業務用酒販の需要が高まったことを理由に、1985年から約20年間、酒造りを休止していました。しかし、2005年、十二代目蔵元で現在の代表取締役社長である原田康宏さんによって酒造りは再開。原点回帰の意味も込めた「原田」という名の酒が誕生しました。

周南の素材を使い、周南で造られた定番「原田」
四季醸造により常にフレッシュな味が楽しめる「はつもみぢ」の定番「原田」は、原田さんが目指した「周南の素材を使い、周南で造るお酒」を実現した酒です。原料となる酒米は、山口県のオリジナル酒米「西都の雫」と最高峰の酒米「山田錦」の2種類。周南市の農家さんが生産したものと、山口県産のものを半分の割合で使用しています。また、水も地元産にこだわり、仕込みのたびに鹿野で湧き水を汲んでくるそうです。地元の大地で育った酒米、地元で湧いた美しく、酒造りに適した水を使って造られた「原田」は、現在、周南を代表する地酒の一つとして愛される存在に。華やかな吟醸香とフルーティーな味わいが特徴の「原田 純米吟醸」などシリーズ商品も高く評価されています。

「原田」の季節限定商品や新ブランドも誕生
「はつもみぢ」では、定番の「原田」に加え、春は新酒、夏は低アルコールの酒、秋は冷やおろし、冬は濁り酒と、春夏秋冬それぞれに一つずつ季節の酒も製造。そして、もう一つが、注目の新ブランド「て、咲く」です。この「て、咲く」は、細やかな季節の中でどのような酒造りが良いか、蔵人が悩みながら思考を凝らし、手間を惜しまず丁寧に造られた、「感動」をお届けするための新ブランド。今までにないチャレンジを後押ししながら、酒造りの文化を若い世代へ受け継いでいってほしいという想いを込めて立ち上げました。酒屋さんには卸さず、お客さんに直接販売する超限定商品で、すでに第一弾は販売されており、「はつもみぢ」の新たなる取り組みとして大きな反響を呼んでいます。第二弾は現在仕込み中。今後の動きに注目です。

日本酒が苦手な人はお水と交互に
「若い人や女性にもっともっと日本酒を飲んでもらいたい」、そう話してくれた原田さんに、日本酒がちょっと苦手という人や、まだ飲んだことがないという人におすすめの飲み方を聞きました。ポイントは少量から始めること、そして、日本酒と同量の水と交互に飲むこと。いわゆるチェイサーがあれば悪酔いを防げます。「とは言っても、大量に飲むのはいけませんよ。お酒が大好きな人でも悪酔いします。たくさん飲んでもらえるのはありがたいですが、ほどほどに(笑)」と原田さん。飲酒の際には、「お水片手にほどほどの量」をお守りください。

03.インタビュー

周南市中心市街の繁華街にある酒蔵「はつもみぢ」は、江戸時代後期創業の老舗。200年以上の歴史を誇る「はつもみぢ」の十二代目蔵元・原田康宏さんに、周南市の魅力や周南市の地酒についてお伺いしました。

実は継ぎたくなかった「はつもみぢ」
「子どもの頃は酒蔵なんて絶対に継がないと思っていました」、そう笑いながら話してくださった原田さん。高校を卒業後、逃げるように東京の大学へ進学しましたが、就職したのはニッカウヰスキー株式会社。その理由を尋ねると、「継ぎたくないけど、継がないわけにもいかない…。そんな思いが頭の片隅にあったんでしょうね。結局は酒に関わる仕事を選んでいました」と答えてくれました。そして、ニッカウヰスキーで働き出して3年が経とうとした頃、当時の蔵元が体を壊し、とうとう「はつもみぢ」に入社することに。1994年、原田さんが25歳の時でした。

どんどん膨らむ原田さんの周南愛
「家のために仕方なく」と戻ってきた原田さんですが、本当はずっと周南市に戻りたかったのだそう。「継ぎたくない、継ぐしかないという葛藤を忘れるくらい、周南市の友人や暮らしが恋しかったんです。高校の同級生が地元で野球チームを作ったのも大きな理由です。どうしても入団したかった(笑)」。戻ってからの原田さんは実家で働きながら、念願の野球チームに入り、気心の知れた仲間たちに囲まれながら、慣れ親しんだまちでの暮らしを満喫。「一度出たからこそ周南市の良さを改めて実感し、私の周南愛はますます膨らんでいきました。そして、周南市のために何かしたいと周南青年会議所に入り、最終的には理事長も務めました」。原田さんは、つい先日まで周南観光コンベンション協会の会長を務め、現在も徳山商工会議所副会頭、山口県酒造組合需要開発委員長として幅広く活動しています。

周南市の一番の魅力はやっぱり「人」
原田さんに周南を愛する理由を聞くと、「一番大きな理由はやっぱり『人』。とにかくみんな人がいい。我が我がという人はいなくて、助け合ったり、支え合ったりするのが当たり前の人たちばかり。こんなに温かい人が揃うまちは他にないと思っています」との回答が。原田さんは、周南市民が持つ助け合い精神や寛容さは、まちの変遷と大きな関わりがあると考えます。「戦時中、徳山のまちは空襲で焼け野原になりましたが、旧海軍燃料廠跡地に出光の製油所ができたことで、急速に発展して見事復興を遂げました。そして、それに伴い形成されたコンビナートにより、まちはより一層にぎわうように。復興のために人々が助け合い、協力し合ったこと、さらに、自分たちの暮らしを大切にしながらも外からの人たちを受け入れ、良い関係性を築いていったこと、これらの経験が周南市民独特の気風を育んだのではないでしょうか」。

周南市はなんでも揃う稀有なまち
原田さんが思う周南市の魅力は「なんでも揃うこと」。「都会でもなく、田舎でもなく、不便を感じないまち。自然もあり、山の幸も海の幸も楽しめ、しかも、テレビ局も大学もコンビナートも揃う。県庁所在地じゃないのに、これほどコト・モノが揃うまちは他にないんじゃないでしょうか」。子どもの頃の原田さんは、同級生たちと青空公園に集合し、自転車で海まで遊びに行くのが日課だったそうで、今でもその海を訪れてのんびり過ごすことがあるといいます。「昔はタチウオやカレイも釣れました。でも、釣り以上に熱中したのは、海に行く途中の砂山で宝探しのように『弁慶』という貝を探すこと。集めた貝で貝割をし、誰が一番強いかを競うんです。自然の恩恵を一番受けていたのは私たちかもしれません(笑)」、そう嬉しそうに語る原田さん。原田さんの周南愛は子どもの頃から変わらないよう。ちなみに、一緒に遊んだ同級生たちは今も周南市にいて、時々集まっているそうです。

周南を愛するがゆえ、再開した酒造り
1973年頃から日本酒の人気が下がりはじめたと同時に、バブル景気により業務用酒販の需要が増加。「はつもみぢ」は1985年に酒造りを休止し、酒販に専念するようになりました。1994年に周南市に戻った原田さんの主な仕事は飲食店へのビールの配達。仕事に打ち込むこと約10年、ある時、原田さんはふと「そういえば、周南市の飲み屋街なのに周南市の地酒はほぼ見かけない」と思ったそうです。周南市にある酒蔵は「はつもみぢ」を含めて3つしかありません。「私たちは酒を造れる権利があるのに、本当にこのままでいいのか」と原田さんは次第に周南市の地酒について思いを巡らせるように。やがて、周南の素材を使い周南の酒蔵で造った「周南の酒」を周南の人たちに味わってもらうこと、そして、周南の酒造りの文化を守り続けることが「はつもみぢ」の使命と考えるようになり、ついに酒造りの再開を決意したといいます。

「はつもみぢ」のフラッグシップ「原田」、誕生
20年もの間、酒造りを休止していた「はつもみぢ」には、かつての仕込み配合は残っておらず、杜氏も不在です。悩んだ末、原田さんは自分の舌を武器に新たな酒を造ろうと、一から酒造りを学ぶことにしました。実は原田さんはきき酒の名手で、全国きき酒選手権大会で準優勝した経験もあり、味覚には自信があったのです。酒類総合研究所で酒造りを学び終えた後、2005年についに念願の酒造りをスタート。もちろん酒米も水も地元のものを使いました。「初めて造った酒を口に含んだとき、自分が理想としていた味には程遠いものの、そのおいしさに感動しました。さあ、ここからが本当のスタートだと原田家代々の蔵元たちに背中を押してもらえたような気がしました」。試行錯誤の末、ようやく完成した酒には、かつての酒名「初紅葉」ではなく、原点回帰という意味も込めて「原田」と名を付けました。「はつもみぢ」のフラッグシップ「原田」、そして、周南愛の結晶とも言える、正真正銘の「周南の酒」が誕生した瞬間です。

大好きな周南市に「周南の酒」で恩返しを
「『はつもみぢ』の歴史は200年を超え、どの会社よりも周南市にお世話になり、支えられてきました。私自身も周南市に育ててもらいました。だからこそ、誰よりもこのまちに恩返しすると決めています。そのためにおいしい『周南の酒』を造り、その酒を周南から全国に、世界に広めることで、もっとたくさんの人に周南を知ってもらうことが今の私の目標です」と原田さん。その表情からは揺るぎない決意が伝わってきました。周南にある2つの酒蔵とはすでにタッグを組み、いかに周南の酒を広め、酒造りの文化を守っていくかを話し合っているほか、今後は、周南の海の幸、山の幸と酒を組み合わせたギフトの開発やイベントの開催でまちを盛り上げることも考えているそうです。

若い人が集い、輝けるまちに
最後に、原田さんが描く周南市の未来についてお聞きしました。「劇的な変化は望みません。むしろ、『人の温かみ』こそを最大の魅力とする、このままの周南市であり続けて欲しいです。しかし、どんなに素晴らしいまちでも人がいなければ意味がありません。私が周南市の魅力を発信し続ける理由は、周南市の人口、交流人口の増加につなげるため。若い人が周南市を知り、魅力を感じ、足を運び、暮らしてもらえるきっかけになるのならば、私は喜んで動き続けますし、おいしい酒も追求し続けます。もちろん、そのためには周南市を若者が輝けるまちにする必要もあります。まだ50代、これからもっと挑戦していきますよ!」。原田さんの眩しい笑顔のその先に、周南市の明るい未来を見た気がしました。

04.関連リンク

記事:藤井 香織 / 写真:川上 優
執筆時期:2021年9月
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