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山口銀行ハンドボールチーム YMGUTS監督|東 佑三さん

「ハンドボールで地域に恩返しを!」。目指すのはジャパンオープン優勝!

山口銀行ハンドボールチーム YMGUTS監督|東 佑三さん
01.ヒト

1985(昭和60)年、周南市生まれ。中学生の時に7歳上の兄の影響でハンドボールを始める。高校はハンドボールの強豪校である下松工業高校に、大学はハンドボール推薦で大阪体育大学に進学。卒業後は日本ハンドボールリーグに所属し、埼玉県を本拠地としている大崎電気工業のハンドボールチーム「大崎オーソル」に加入し、ゴールキーパーを務める。2008年、24歳以下の男子で編成されるハンドボール学生男子日本代表に選出され、第19回世界男子学生選手権大会に出場、2012年には第17回ヒロシマ国際ハンドボール大会の日本代表に選出されるなど、国際的に活躍。2020年3月に現役引退し、翌月から地元周南市を拠点に活動する女子ハンドボールチーム山口銀行「YMGUTS」の監督に就任。現在は、ジャパンオープン優勝を目標に掲げつつ、地域により一層愛されるチームを目指し、日々熱のこもった指導を行う。

 

02.モノとコト

周南市を拠点に活動する女子ハンドボールチーム

周南市を拠点に活動する、山口銀行の女子ハンドボールチーム「YMGUTS」。メンバーは主に山口県出身、そして、ほとんどが山口銀行の行員で構成されています。そんなYMGUTSに、2020年4月、監督として就任したのが東佑三さん。2020年3月に現役引退するまで、日本ハンドボールリーグに所属する大崎電気工業の男子ハンドボールチーム「大崎オーソル」でゴールキーパーとして活躍していました。

さて、東監督が指揮するYMGUTSについてご紹介します。

YMGUTSの前身は、1952年に結成された「徳山クラブ」。そこから女子チームのみが運営を引き継がれる形で山口銀行のクラブチームとなり、2018年4月に活動を開始しました。

山口県、特に岩国・下松・周南など東部エリアには、中学・高校とハンドボールの強豪校が多く存在するほか、LITTLEGUTSなどのジュニアチームが7チームもあり、小学生の頃からハンドボールに親しめる全国的にも珍しい地域です。それにもかかわらず、高校を卒業後は、地元でハンドボールを続けられる場が少なく、現役続行を望む選手たちは他県への進学や就職を余儀なくされていました。そこで、「山口で働きながらハンドボールができる環境を」と、山口銀行がYMGUTSの発足に踏み切ったのです。

この地域密着型の女子ハンドボールチームが、山口県出身者の中から監督を探していることを知った東監督は当時34歳。ちょうど今後の進退を考えていかなければならないタイミングでもありました。

「チームの強化というミッションに挑戦したいと思ったのはもちろんですが、何よりハンドボールで地域を盛り上げたいというチームのコンセプトに感銘を受け、監督になることを決意しました。大学進学で県外に出た時から、現役を引退しても何らかの形で、できれば地元の周南市で、ハンドボールに関わり続けていきたかったので、千載一遇のチャンスがやってきたと思いました。」

東監督はシーズンが終わるまで1年待ってもらい、競技人生を悔いなく全う。引退後、山口銀行に入行し、行員と監督の二足のわらじを履く生活が始まりました。

 

もっと強くなるには「勝ち」にこだわらなければならない

「能力の高い選手がそろう、今後が面白そうなチーム」が、YMGUTSの第一印象だったという東監督。選手については、「とにかく真面目で素直。仕事・地域貢献・スポーツ(ハンドボール)の3つ全てを大切にできる選手ばかり」と驚いたそうです。なぜなら、東監督は、これまで競技に没頭しすぎるあまり、ほかのことが疎かになってしまうアスリートをたくさん見てきたのだとか。しかし、自分たちの活動をしっかりと理解した、バランスの取れたクレバーな選手ぞろいと感じつつ、気になる点もあったといいます。それは、練習時に「遠慮」が見られること。より一層強くなるには、一人ひとりがもっと積極的になる必要があると感じたそうです。

「会社のサポートを受けながら好きなスポーツをしているのだから、『強くなる』『勝つ』という意識は絶対に忘れてはならないと私は思っています。自分が現役時代も、常にプロ意識を持って臨んでいました。国体の中国ブロック予選で大学生のチームに負けていてはいけない。もっと『勝ち』にこだわってもらいたい。だから、覚悟を持つところから変えていこうと、選手たちには言葉で『勝つ』とはっきり伝えることにしています。」

就任直後、東監督は目指すチーム像と目標を決めました。目指すチーム像は、「会社の皆さんに応援されるチーム」「地域に愛されるチーム」「子どもの目標にされるチーム」。そして目標は、「ジャパンオープンで勝ち上がり、優勝する」ことです。

現在、YMGUTSの練習は週に4日。東監督も含め、メンバーはそれぞれの職場でフルタイムで働いた後、日鉄ステンレス体育館や徳山高校体育館で練習に励みます。うち3日はボールを使ったトレーニングで、残り1日は筋トレ。筋トレの日を設けたのは東監督でした。

「自分たちより実力が上のチームと戦うには、基礎的な部分も鍛えていかないといけません。私が所属していた大崎オーソルでもやっていたので、それをそのまま取り入れました。」

 

チームに変化をもたらしたのは「勝利」経験

現役アスリートとして長年活躍してきた東監督ですが、監督業は初めての経験。「今もまだ手探り状態です」といいます。しかも、就任から半年はコロナ禍により試合ができない日々が続き、自分の指導が本当に正しいのかを判断するヒントも得づらかったそう。

ようやく試合に臨めたのは東監督が就任した年の秋、10月のことでした。出場したのは日本ハンドボール選手権中国地区大会で、YMGUTSは初参戦。会場は地元も地元、キリンビバレッジ周南総合スポーツセンターでした。東監督の指導のもと、半年間練習を重ねてきたYMGUTSはなんと優勝! しかも決勝で対戦したのは、これまで勝てたことがなかったIPU・環太平洋大学チームだったのです。

「この勝利は本当に嬉しかったです。というより、正直ホッとしましたね(笑)。選手たちも非常に喜び、自信につながったと思います。」

この勝利により勢いづいたYMGUTSは12月、石川県で開催された、日本リーグに加盟している実業団チーム・クラブチーム・学生ハンドボールチームが日本一を決める日本ハンドボール選手権大会に初出場。結果はベスト16と、猛者がそろう大会でも勝利を経験したのです。

ジャパンオープン優勝に向け、確実に歩みを進めるYMGUTS。2021年1・2月に開催されたチャレンジ・ディビジョン(日本社会人ハンドボールリーグ)では、クラブチームの全国大会で何度も優勝している香川銀行T・Hを下し、見事に初優勝に輝きました。

「香川銀行T・Hにはそれまで勝てたことがありませんでした。ハンドボールも強く、地域に根差した活動も積極的に行うチームで、YMGUTSはずっと目標にしてきたんです。私の中では、今でも勝利の感動がリアルに蘇ってくるとても思い出深い試合ですね。こういった『勝ち』の経験が選手たちの自信につながり、成長に拍車をかけていると感じています。」

監督就任後、初めての有観客試合でスポーツの尊さを痛感

2021年11月、YMGUTSはキリンビバレッジ周南総合スポーツセンターで、監督就任後初となる有観客試合に臨みました。コロナ禍となって以来、選手たちにとっても実に2年ぶりとなる有観客試合、そして、2021シーズン初の試合でもあったそうです。試合当日、通常時の50%という人数制限はあったものの、スタンドは満席に。銀行関係者、地域の人たち、日頃指導している小学生たちが応援する中、YMGUTSは勝利を収めました。

「コロナ禍になり、無観客という違和感の中でずっと試合をしてきました。本当に久しぶりの有観客試合で、私たち競技者にとって応援がいかに力になるのかを実感したと同時に、楽しそうにハンドボールを見る観客の様子を見て改めてスポーツの尊さを痛感しました。スポーツはやっぱり人を笑顔にし、元気にするんだなと。スポーツの価値が証明された瞬間でした。」

現在、東監督と選手たちは、2022年8月に開催される第27回ジャパンオープントーナメントに向け、追い込みをかけています。初戦は8月11日(木)、対戦相手は奈良県のナデシコクラブです。YMGUTSの力全てを発揮し、ぜひ日本一をつかんでほしいものです。

 

出前教室や湯野温泉の観光大使など地域の活性化にも尽力

YMGUTSは、チームのさらなる強化を図って結果を残すだけでなく、小学校の出前教室や夏休み期間のゴールキーパートレーニングキャンプなど、さまざまな地域活動も展開しています。また、2021年6月には周南市にある湯野温泉の観光PR大使に就任。具体的な活動内容は、湯野温泉のPR、アスリート向けの食事プランやスポーツ団体の宿泊・合宿プランの共同開発などです。

「観光PR大使はチームにとって初めてのことです。地域貢献できるいい機会であるとともに、YMGUTSを認知してもらえる大変ありがたい機会です。試合の結果やこういった地域活動のおかげで、最近では、『YMGUTSの監督さんですか?』と声をかけてもらえることも増えました。私たちの存在が地域に徐々に浸透しているのを感じます。これからも積極的に地域活動に取り組んでいきたいです。」

YMGUTSが大切にしているのは、仕事・地域貢献・スポーツ(ハンドボール)の3つ。「今まさにその3つがうまく体現できるような方向に進み始めている」と東監督はいいます。

「もし日本一のチームがここにあったら、それはそれで地域が盛り上がると思います。でも、今、それは技術的にはできません。だったらできるだけたくさんの人、いろんな人に応援してもらえるように頑張るだけです。」

東監督とYMGUTSの挑戦は始まったばかり。これから先、どんな成長を遂げるのか、じっくりと見守りたいと思います。

▼市内中学校女子ハンドボール部への「出張GUTS」(地域貢献活動・ハンドボール教室)の様子

03.インタビュー

生まれてから高校卒業までを周南市で過ごした東監督は、県外でハンドボールのトッププレイヤーとして活躍した後、監督として周南市に戻ってきました。そんな東監督の周南市での思い出や、周南市に寄せる想いなどをお聞きしました。

 

ハンドボールのまちに生まれたからこそ、今の自分がある。

周南市西松原で生まれ育った東監督は、中学生からハンドボールを始めました。それまではサッカー少年だったそうですが、本人曰く「走るのだけは早かったですが、あまり器用な方じゃないので向いてなかったみたいです」。ハンドボールを始めたきっかけは、7歳年上のお兄さんの影響なのだそうです。

「兄がハンドボールをやっていたので親近感があり、仲の良かった友だちと一緒にハンドボール部に体験に行ったんです。みんなでパスをつないでシュートするのがすごく面白くて楽しくて、すぐに入部を決めました。まあ、パスをつないでとか言っていますが、結果として自分はゴールキーパーになったんですけどね(笑)。」

懐かしそうに当時を振り返る東監督の身長は187cm。見上げるほどの高身長です。意外なことに、中学入学当時は158cmで飛び抜けた長身ではなかったとか。しかし、3年間でぐんぐんと身長は伸び、卒業する頃には180cmに! 東監督は「3年生で学生服を買い替えるという、親不孝な息子です(笑)」と笑い飛ばします。

お兄さんの存在と「楽しかった」が理由でハンドボールを始めた東監督ですが、この時から34歳まで競技者として走り続けることになります。東監督は「元を辿れば、周南市に生まれたからこその結果」と続けます。

「周南市を含む山口県東部エリアは、中学校・高校にハンドボールの強豪校がそろっています。しかもジュニアチームがあるので、小学生からハンドボールに親しめる。周南市は、サッカーや野球、バスケ、バレーなどに比べてまだまだマイナーな競技のハンドボールを、子どもの頃からできる全国的にも少ない地域なんです。私が通っていた住吉中学校では、生徒数の減少にともない野球部は残念ながらなくなってしまいましたがハンドボール部は今も残っています。きっと他のエリアにお住まいの方はびっくりされると思います。たまたま周南市に生まれたから私はハンドボールに出会え、今の人生があるんです。本当にラッキーだったと思いますし、周南市に感謝しています。」

ハンドボールのまちになった理由は国体が影響している!?

「なぜ周南市はハンドボールが盛んなのでしょう?」と東監督に尋ねると、「聞いた話によると…」とその理由を教えてくれました。

「1963年に第18回国民体育大会が山口県で開催されました。山口県が国体の開催地となったのは初めてのことで、一つでも何かの競技で山口県に優勝をと、ハンドボールの強化に取り組んだと聞いています。そのときに徳山高校が強化・育成校に指定され、それからハンドボールの文化が周南市に根付いていったようですね。きっかけは国体でしたが、その後、周南市からはたくさんのハンドボールプレイヤーが誕生し、あちこちで活躍しています。私としては大変ありがたい取り組みだったなと思っています。」

それから48年の時が過ぎた2011年、再び山口県で国体が開催されました。皆さんの記憶にもきっと残っている第66回大会、「おいでませ!山口国体」です。この時、東監督は大崎オーソルの本拠地である埼玉県の選手として、そしてお兄さんは山口県の選手として出場と、兄弟で国体に挑んだのです。山口県も埼玉県も初戦を突破し、なんと2回戦で対戦することに! 結果は、埼玉県の勝利。その時のことを東監督は振り返ります。

「地元開催の国体に選手として参加できるのはとても嬉しかったです。しかも山口県チームと対戦できるなんて…。できればもっと後の方で対戦したかったという思いもなきにしもあらずですが、兄をはじめ知っている顔の選手たちとの対戦は本当に楽しかったですね。」

「試合前後にお兄さんと何を話したのですか?」と問いました。

「特に話してないですかねえ。私は次の試合がありましたし…。いずれにせよ、貴重な体験をさせていただきました。兄弟そろって(笑)。」

現在、東監督のお兄さんは、下松市にある華綾高校女子ハンドボール部の監督を務めていらっしゃるとのこと。華陵高校といえば、数々の名プレイヤーを輩出するハンドボールの名門校。兄弟そろって山口県のハンドボールを盛り上げるために力を尽くしているのです。

 

ずっと抱き続けた「いつかは周南市に恩返しを」という想い。

「大学進学を機に周南市を離れましたが、そのときからずっと『いつかは周南市に戻って恩返しを』と思っていました。私を育ててくれ、ハンドボールと出会わせてくれたまちですから。」

ハンドボールで周南市に恩返しをと考えていた東監督にとって、山口銀行女子ハンドボールチームYMGUTSが山口県出身者で監督をやってくれる人を探しているという話は、願ってもないチャンスでした。しかし、話があったのはシーズンの終盤。「このまま引退してもいいのか」と東監督は悩みます。

「結果として、1年待っていただくことになりました。自分の中で区切りをつけるのに、やはりもう1年、1シーズン必要だと思ったんです。しっかりやり切ってから次のステージに進みたかったんです。どうせやるなら周南市のハンドボールのために迷うことなく全力を注ぎたいと。」

2020年4月に監督に就任し、チームとしてはジャパンオープンの優勝を目指して成長中。東監督自身も少しずつ監督としての自信がついてきたそうです。

「小学生も中学生も高校生も、県外の大学に行って社会人になって戻ってきてもハンドボールができる、そんなまちに周南市をしたいです。YMGUTSの強化はそのための基盤づくりでもあるし、一番の近道だとも考えています。それに、ハンドボールが盛り上がれば、周南市はもっともっと元気になると思うんです。応援という共通点で市民に絆が生まれ、試合を見にあちこちから人が足を運ぶようになる。そして、その様子を見て育った子どもたちが、今度はハンドボールと周南市の次世代を担うプレイヤーになる。そういった循環が周南市にできるといいですね。」

 

釣りをしながら眺める、周南の工場夜景が好き。

周南市への想いを熱く語ってくれた東監督に、周南市の好きな場所を聞いてみました。

「工場夜景ですかね。しかも、『釣りをしながら』眺める工場夜景です。自然をそばに感じながら、人工物である工場の夜景がすぐ隣で楽しめるなんて、周南市ならではだと思います。都会でのアーバンフィッシング(人が生活する場所に近い水辺での釣り)とは全く違う。不思議な景色なんですけど、落ち着くんです。自分の地元だからかもしれませんけど。」

東監督は、国体には必ず釣り竿を持参するほどの釣り好きだそうで、最近では釣った魚はできるだけ自分で捌いているそうです。そして、その流れから、周南市の「食」の魅力についても語ってくれました。

「周南市は食べ物がとにかくおいしい。特に魚とお酒は格別ですね。そして、すごく新鮮な魚が安い! お酒は良さそうなものを見つけるとついつい手が伸びます。買うだけ買ってどんどんたまっちゃいますね(笑)。」

海も山も、ほどよく賑やかなまちもある周南市。東監督は周南市について尋ねられると、「新幹線の駅から海が見えるまち」と答えているそうです。周南市を離れている間、帰省のたびに一番最初に東監督を迎えてくれたのは海でした。

「新幹線を降りてすぐ海が見えたとき、『ああ、帰ってきたな』ってホッとしていました。」

一生ハンドボールが楽しめるまちだから、ぜひ挑戦を!

インタビューの最後に、周南市に住む子どもたちにメッセージをいただきました。

「周南市は、プレイヤーとしても応援する側としても、ハンドボールが身近なまちです。せっかくそんなまちに住んでいるのですから、ぜひハンドボールを楽しんでいただきたいです。全国的には小学生のときはやっていたけれど中学生になったらプレイする場所がない、中学生までやったけど高校生になったらプレイする場所がないという地域が多いですが、周南市だったら生涯を通じてハンドボールを楽しむことができます。実際に34歳まで現役を続け、引退後も監督としてハンドボールに携わり続けられているのが私です。」

ちなみに、中学校で一緒にハンドボールを始めた友だちが宮城県を拠点とするトヨタ自動車東日本チームに所属し、いろんな試合で戦ってきたそう。

「中学校以外、同じチームに所属したことはないですが、ずっと一緒にハンドボールをやってきた。彼とはずっと周南市という共通点でつながっていたような気がしますし、これからもきっとお互いハンドボールに関わり続けるんだろうなと思います。こうしたハンドボールを通じたちょっとした縁というか感動を子どもたちにも味わってほしいですね。」

東監督の人生に欠かせない存在のハンドボール。そのハンドボールへ導いてくれたのは周南市でした。「周南市にハンドボールで恩返しを」と意気込む東監督。その活躍がますます楽しみです!

04.関連リンク

記事:藤井 香織 / 写真:川上 優

執筆時期:2022年6月

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